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  1. 共栄大学研究論集
  2. 18号

群馬県送出の満蒙開拓青少年義勇軍(佐俣中隊)の体験─小俣喜一郎氏の事例─

https://doi.org/10.15067/0000000615
https://doi.org/10.15067/0000000615
35b4dd39-9a85-447a-b839-6b6be5e786d9
名前 / ファイル ライセンス アクション
KJ01018-169.pdf KJ01018-169 (1.6 MB)
license.icon
Item type 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1)
公開日 2020-03-24
タイトル
タイトル 群馬県送出の満蒙開拓青少年義勇軍(佐俣中隊)の体験─小俣喜一郎氏の事例─
言語 ja
タイトル
タイトル Experiences of Emigration of Youth Troops to Manchuria-Mongolia Areas from Gunma Prefecture (Samata Company):Case of Mr. Kiichiro Omata
言語 en
言語
言語 jpn
資源タイプ
資源タイプ識別子 http://purl.org/coar/resource_type/c_6501
資源タイプ departmental bulletin paper
ID登録
ID登録 10.15067/0000000615
ID登録タイプ JaLC
著者 太田, 満

× 太田, 満

ja 太田, 満

ja-Kana オオタ, ミツル

en Ota, Mitsuru


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抄録
内容記述タイプ Abstract
内容記述 本稿では,佐俣中隊に所属した,小俣喜一郎氏のライフヒストリーを取り上げ,群馬県送出の満蒙開拓青
少年義勇軍に入隊する背景や過程,入隊後や敗戦時,敗戦後の義勇軍の様子について明らかにする。満蒙開
拓青少年義勇軍とは,数え年16 ~ 19 歳の訓練を受けた青少年が,「満州」(現:中国東北地方)に渡り,現
地の開拓と軍事的補完を担うことを期待された集団である。群馬県からは19 の義勇軍が送出され,その送
出数は1,609 人と言われている。義勇軍の体験を一部掲載した最新の記録としては,群馬県拓友協会が2004
年に発行した『群馬満蒙拓魂之塔建立三十周年記念誌 希望に満ちた満蒙開拓と終戦』がある。だが,群馬
県が送出した義勇軍入隊者の体験を包括的に記した記録はなく,義勇軍体験は,今なお「語られない戦争・
戦後体験」の一つである。戦後,義勇軍の体験を語られる状況になかった時に,当時の状況や思いを綴った
書物が作成され,戦後74 年が経った今,その書物もまた脚光を浴びることなく埋もれようとしている。当
時の体験を語れる人も少なくなっており,義勇軍の歴史を記録に残す作業が求められている。
言語 ja
書誌情報 ja : 共栄大学研究論集
en : The Journal of Kyoei University

号 18, p. 169-183, 発行日 2020-03-31
出版者
出版者 共栄大学
言語 ja
ISSN
収録物識別子タイプ ISSN
収録物識別子 1348-0596
書誌レコードID
収録物識別子タイプ NCID
収録物識別子 AA1183870X
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Ver.1 2023-06-19 09:52:26.980127
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